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2006年8月15日 (火)

真夏の一日(その1)

夏空が うつろぐ様に つきあった

8月13日 たけ

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6時 起床

昨年、初参加してビビリまくった「湘南オープンウォータースイミング」に今年も性懲りもなく参加するのだ。

しかしながら、朝起きてみると、昨日の荒天が後引くような曇り模様で、海上で落雷にて死す、なんてことにならなければよいのだが・・・等と、不安になったので、とりあえず傘を鞄に入れて家をでることにした。

8時 七里ガ浜

曇り空ではあるにせよ、太陽の日差しは確実に強くなっている。昼には真夏日になる予感がし、日焼け止めを塗りこむ作業も熱心になる。それにしても、昨年のような初体験の不安はなく(今年は殆ど練習してないくせに!)この余裕はなんだろう。・・・いやいや、いかん、海を甘く見ちゃいかんと気合をいれ直すため、トイレに行っていたら、海中でのウォーミングアップをやりそびれてしまった。
いよいよ、所定のスタート地点に誘導され程なくスタート!
昨年よりうねりが強く、海上にでるまで苦労する(ドルフィンスルーで切り抜けたゾ)。
何人かを足で蹴ってしまったりしながら、当分は人ゴミの中を泳いでいく。他の人の泳ぎを見ると、まるでジョーズが迫ってくるかのような勢いで腕を激しく回し突き進んでいる、私もサメは殺られたくない、と思うがここで逃げると後が心配なのでゆっくり泳ぐことにする。

当分は何も考えず、単純作業のように身体を動かしていく。たまに、まだサメに追われている人間が体当たりしてきたりするので、その時に海水を飲み込まないように注意するだけだ。

単純作業といえども、ウネリがあるので、そのウネリに合わせたり、カレント(潮流)でコースアウトしないように絶えず前方の目標物を確認しながら泳いでいるし、それと同時に自分の体力・調子も確認しているので、決して暇という訳ではないのだ。まぁ、周りから見れば、溺れる寸前の男がもがいているようにしか見えないんだろうけど。

このような感じで泳いでいると、給水ポイントを発見した。
いかだの上でポカリスエットを持っているボランティアが声を上げている。
丁度、喉が渇いてきたし、暇つぶしにと思って近づいていくが、他の泳者が間に何人かいたために機を逸してしまった。

落ち込みながらも、また単純作業を続ける。続けていると次第に江ノ島が大きくなってくる。
それは、勿論瞬間的に分かるものではなく、作業として少し前の景色を思い出さなくてはいけないので、もしかしたら期待している分も含めれて大きくなったと思ってしまっているかもしれない・・・兎に角、結構進んだとか、ゴールはすぐそことか安易に思い込むのは、判断違い時の落胆も相当なものだから油断は禁物だ、と自分に言い聞かせる。

すると、第二の給水所が見えてきた。今度こそと、慎重に間合いをはかり、ボランティアのいかだに近づく。
そして、無事縁に手をかけ、普段高くて買えない栄養ゼリーをもらい、さらに水を飲む。
ゴールまであとどのくらいか?と聞くと、1km少々との返答が帰ってきたので、これは自分の予想と同じであり、落胆しないで済んだ。いや、むしろ落胆しなかった事に喜び、力が湧いた。

もう視界には沖から岸に折り返す目印である円筒形のポールを見ることができる。
ゴールが具体的になってきていることを標すポールなのだ、ゲームは終盤なのである。
なので、ここは多少力の入るところであるが、しかけは尚早との判断でぐっとこらえる(京都の第3コーナー坂上でのしかけは早すぎるのだ)。
ポール付近ではその前から仕掛け始めたと思われるスイマーが全く曲がることなく泳いでいる。
これはマズイ、このままではライフセーバーのボートに激突してしまう。
と思っていたら、なんとかボランティアの呼応に気がつき方向を修正することができたようだ。

とにかく、このポール周辺もしくは過ぎた辺りからスイマーはその単純作業から一転し、いろいろな作業を開始するのだ。競馬馬が最後の直線で真直ぐ走ることが難しいようにスイマー同士が引かれ合い衝突したり、引かれ合ったスイマーの間に入ってしまうスイマーも続出している。
これは、単に念願の陸(ゴール地点)が見えたことに他ならない。陸までまだ500m近くあるというのに、人々は、とにかく全力で泳ぎ、そして蛇行し始めているのだ。
私はその様を見てビル火災の惨事について思い出した。
ビル火災で最も被害が大きいのはその煙であり、呼吸困難による窒息死が代表的であるが、上階に取り残された人々が窓から飛び降りて死んでしまうという二次災害も無視できないとどっかで聞いたことがある。
有事の際、上階から地表を見ているうちに、逃げ場を失った人々は、十分飛び降りることができる距離であるとの判断し(到底無理なんですが)飛び降りてしまうらしい。選択肢がない状況で、やっとこさ見つけた手段に夢中になり盲目的に確信するのである。
まさに今はそんな状況なのではないのだろうか?と、人間の心理を実際に垣間見た瞬間であった。
勿論、私もビルから飛び降りるように泳ぎたかったのだが、運よくそんな体力は残っていなかったというだけの話である。

そんな状況の中、泳ぎ進めると、海水はどんどん暖かくなっていき、なんとか無事にゴールできた。
やっぱり完泳は達成感があって嬉しいもんだ。

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