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2008年3月18日 (火)

食のエアーポケット

わが地元羽沢・菅田地区一帯は市内有数の農業地区でありキャベツ畑で有名であったりするんですが、その一方で外食産業の発達は著しく遅れていることも見逃せません。
もっともキャベツの数より住民の方が少ない(←ウソです)くらい人口密度が低い地域ですから、需要と供給のバランスを考えれば飲食店が店を構えるに至らないのも理解できます。
しかし、それにしても少なすぎます。
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そんな中、抜群のコストパフォーマンスを誇った羽沢の讃岐ウドン屋「弁慶」がご主人の死去に伴い閉店し、地味ながらも地元民によって支えられていたハンバーグ屋「ぐうぐう」が諸般の事情から平成20年3月を持って閉店するといった惨憺たる有様。
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そんな折、翳り行く食の空白地帯に蕎麦屋「はらそ乃」は存在しているのです。

とにかくこのエリアでは鴇のごとく希少なお店ですから、まずは来店しておかないといけません。

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平日の昼に来訪したのですが、店前の交通量に反して店内の人の入りは良好でありました。
もりそばを注文。
どうやら主人一人で切り盛りしているようでソバ等が提供されるまでの時間は覚悟が必要のようです。
幸い一人で来店したワタシは一人でシンプルにもりということで他の方を飛び越えて食することができました。

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細めでのど越しのよい手打ちの腰を感じさせる美味しいお蕎麦でした。

ただ、こういった上品なソバの定めは、お腹の満腹度から意見を申すならばもう一寸どころか、もっと食べたいと思わざるを得ない量であり、もしお腹一杯に食べるとなると相当な投資が必要であり日常生活の中では到底無理であるところがもどかしい。
ワタシからすると地元でありながら気軽には立ち寄れないという苛立ちを持たさせるお店となりました。
いつか3枚くらい一気食いしてみたいものです。

羽沢駅が旅客駅化されたら少しは状況が変わるのかな~と仄かな期待を抱いている今日この頃。

追記:グルメサイトに投稿はじめました~

多少重複している部分もありますが、興味がある方は左下の「原八聞眼」および写真をクリックしてね。

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2008年3月 8日 (土)

高岡~五箇山・相倉集落~鱒より鰤

城端線への乗継まで一時間一寸あったので高岡市内の観光を行うことにしました。
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城下町として栄えた面影か古い町並みがいくつか残されています。また市電が走っているのも良い感じ。

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その後、城端線で終点の城端まで行って、そこから路線バスにて一路、世界遺産でもある五箇山・相倉集落へ。
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あ、途中で買って食べた冬期数量限定「鰤カマ弁当」はドーンと鰤カマが鎮座するシンプル且つ大胆な潔い駅弁。

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鰤カマはもう身が柔かくて味がしっかりしていて食べ応えありの駅弁の域をとっくに超えた逸品であると申し添えておきます。

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相倉の集落が薄っすら雪化粧をして迎えてくれました。気温は関東より暖かいぐらいです。

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我々は合掌造りの「庄七」に投宿しました。世界遺産である建造物に泊まるなんて胸が高まります。
そんな歴史を感じさせる宿ですが、しっかりHPはあります。
http://www8.ocn.ne.jp/~syou7/syousiti02.html

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夕飯までの間、民族資料館を始め集落内を写真撮ったりしながら散策してみました。

Dsc_0154 宿に帰り、まずは冷えた身体を温くするためにお風呂を頂きました。
今日は我々夫婦の他には宿泊者がいないということもあり、お風呂も家族風呂でゆっくり、ゆったり入ることができました。
お風呂は離れにあって十分広くて清潔なもので(便所も綺麗で暖かかった)、女性からもそういった点での不満はでることがないよう配慮しています。

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囲炉裏を囲む夕飯は地の物が中心で決して豪華とはいえませんが、
囲炉裏で焼いた岩魚や自家製のかぶら漬け、山菜の和え物や天ぷら、鯉の洗いなど十分満足させる内容です。
それらを肴にお酒をチビチビやりながら、おばちゃんとのおしゃべりは
非常にリラックスできて時間の流れを感じさせない(単に飲みすぎか?)ものでありました。

就寝時には豆炭がはいったタンポが提供され、これがまた具合良く温くて、そして旅疲れと酔いも手伝い速やかに深い眠りにつきました。

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