2006年6月17日 (土)

通勤⇔通学 その3

右折したバスは東海道五十三次「保土ヶ谷宿」の本陣跡など少しばかり時代を感じさせる景観を追加し、暫くJR東海道線と平行に走行する。
丁度、銀色をベースに橙と緑の東海道線が走っている。
昔は橙と緑のツートンだった。その方が断然カッコイイと思う。

母校の隣には養護学校があり、いつも何人か養護学校に通う生徒が一緒に乗っていた。
僕らは彼らのことを「養護」って呼んでて、個々の生徒の名前は分からないから(女子高生が野田を九十九って読んでた様に)、よく会う男子生徒のことを、泉という中学時代の友人によく似ていたので、「いずみ」って呼んでた。

養護の生徒は純粋で無垢なところが好きだった。
例えば恋愛について。
もちろん彼ら彼女らの中でも恋愛関係はあって、男同士は下手な駆け引きなんか出来ないから、「俺の女だ~」って(彼女でもないのに)殴り合いの喧嘩を簡単に始めてしまったりする。
純粋だから手加減もできない喧嘩。
「いずみ」はその殴られてしまった方で、見た目気が弱そうで、体格もなかった、けれどもカワイイ男の子(何歳とか分からないけど中学生くらい)。
僕は、彼とバスで会うと「おはよう」って挨拶したりした。彼は機嫌が良いと「おはようございます」って返してくれた。
しかし、一旦興奮しだすと何故か他の学生の制服から飛び出しているベルトの末端部分を中腰になって食べようとしたりする。
初めはびっくりしたけど、そのうち、そういう時は、やめようね、って止めたり。
その「いずみ」が気分よく興奮したのは、ツートンの東海道線が横切った時だった。
もう余程嬉しいらしく「トウカイドウセン、ダイダイとミドリ。トウカイドウセン、ダイダイとミドリ」って電車が通り過ぎてもずっと連呼し続けていた。
ダイダイとミドリ、って聞いた日は何故か自分も気分がよかったような気がする。気候とか関係あったんだろうか。

高速道路のランプを過ぎる。何十年もかけて行われていた道路拡張工事がやっと具体化されてきている。全く根気のいる事業だ。
バスはその先の丁度工事の切れ目辺りに設置されたバス停で停車し、何人かが降り始めた。
時間を確認するため頭を下げる。大丈夫、遅刻はなしだ。
下を向くと二日酔いが辛い。
そういえば、バスに酔った友人が、(気持ち悪いので)登校せずに反対のバスに乗って帰宅したことがあったけど、それは可笑しい話だ。苦渋の選択のようで実は違うと思うのだが。
頭を上げると、目の前に誰かの腕が見える。

おや?

横に眼を移すと、養護の生徒の指がバスの停車ボタンに触れている。
顔を見ると嬉しそうに何かタイミングを計っている。
いよいよ次が自分が降りるバス停なので、バスを停車させる準備をしているのだ。
客を降ろしバスがゆっくりと動き出した瞬間、ボタンはすぐさま押され車内にブザー音が鳴った。
彼は満足げだ。しかし、自分がバスを停めるということに対して満足しているのか、単純にボタンを押せたことに満足しているのか。

当時も、いつも養護の生徒がボタンを押すのが恒例だった。彼らが押した(押してくれていた)ので、僕を含めて母校の生徒は誰もボタンを押すことはなかった。
(養護の生徒が乗っていない時)誰も停車ボタン押さないから、いつものバス停追加し、次のバス停で降りたことがあった。
もし、その場に今の僕が乗っていれば、「誰かがやってくれる」っていう感じの生徒が多いな、と思うだろう。
強引に言うなら、それが校風であると。そして、当時の僕もそんな感じの生徒だったんだ。
きっと彼らも次のバス停まで行っちゃったことあるだろうな。急に後輩たちに質問してみたい衝動に駆られる。もちろん、しない。できない。

養護学校と母校の生徒が(無事に)降車し、車内は一気に閑散としている。

次は僕が降りるバス停だ。

自分で停車ボタンを押さなくちゃ。

無機質な女性の電子アナウンス。

「次、停まります。」

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2006年6月14日 (水)

通勤⇔通学 その2

保土ヶ谷駅のロータリーで数人客を乗せバスは、いよいよこの路線の難所にさしかかる。
保土ヶ谷駅から保土ヶ谷橋の交差点までの200mはあろう右折レーンはしばしば渋滞が起きる場所。バスはその右折レーンを通って一号線で西に向かうのだ。

駅のロータリーを発車したバスはすぐに渋滞している右折レーンに入ってしまったり、しばらく左折レーンを走ってから右折レーンに入ったり、それは各々のバスの運転手の裁量によって変わってくる。
この裁量によって、学校への到着時間は簡単に5~10分は違ってくる。毎日ハラハラした。
ごく稀に左折レーンから強引に右折する運転手がいて、遅刻決定的な時間から一発大逆転で間に合った時は感涙したもんだ。
大きなステアリングをぐるぐる回し左折レーンから右折していく運転手は抜群にカッコ良かった。
以来、自分の車がマニュアルの時はシフトノブを60cmくらい長くしてバス気分を演出していたし、今乗っている車もワンボックスであったりとバスに対する思いは熱いものがある。
働く男の後姿はカッコ良い。
そんな難所も今日は渋滞はなく問題なさそうだ(信号2回待ちで追加できそう)。道路事情も昔と比べよくなったのもあるのだろうか。

一安心し、再び左側に目を移すと、また別の高校生達が決して整然とではないが列を成して登校している。
以前は女子高であったのが最近共学になったようで男子・女子とだいたい半分数であろうか、覇気がなく皆同じ風に見える。
何か、はつらつとしたものが感じられない。疲れて、どんよりと歩いている感じ。アリの行列は整然とキビキビと行われるのでまたそれとも違う。皆同じに見えるのは決して制服が統一されているからと言うものでもない。視覚よりも雰囲気でそう感じる。

1人1人は全く違う個々であっても、それが集団となるとその集団の気質というか気風が出来上がってしまうから不思議だ。
それは、最小ユニットである家庭に始まり、学校、会社、地域、国とそれぞれの気風ができあがる。
日本人だって億人ほどいて、それぞれが皆様々なのに、外国から見れば真面目とか侍魂とか思われたり・・・、きっと宇宙人からみれば地球としての気風があるのだろう。
漠然としたものだけど、確実に感じられるものってあり、それは間違えではない、と思う。

右折したバスは東海道五十三次「保土ヶ谷宿」の本陣跡など時代を感じさせる景観を追加していく。その傍らに、まだきれいな標が目に入る。昨今の散策ブームに乗って役所が設置した名所案内のようだ。
右手には、銀色をベースに橙と緑の東海道線が走っている。暫く一号線はJR東海道線と平行に走るのだ。
東海道線は橙と緑のツートンにペイントしたものが好き。レトロな感じが旅情をそそるよな。シュウマイ弁当と冷凍ミカン買って熱海に旅行なんて気分じゃん。あの車両まだあればいいのに。
でも、まだ(その車両が)あったらレトロなんて思わないか。全く都合いい考えだ。

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2006年6月13日 (火)

通勤⇔通学 その1

酷い二日酔いの爽やかな五月晴れの朝。

電車を降り、会社に向かうバスを待つ。

高校時代もこのバス停から毎日バスに乗って登校していた。

当時、国道一号線を挟み向かい側には小さな喫茶店があって、学校が面倒だと朝からそこに行ったもんだ。
学校帰り行くと郵便配達のおじさんたち4,5名が定時になるまで時間を潰していて、そこに私達が行けばだいたい満員になってしまうくらいな小さな喫茶店。いつもは150円のトーストだけ頼んで水飲みながら漫画読んで粘ってたけど、小遣いがあるときは700円のピラフカレーを食べるのが楽しみだった。お店のマスターではなくママというかおばちゃんが作るピラフカレーはすごく辛くて、添え菜のキャベツにマヨネーズを和えてそれを更にカレーに混ぜると丁度よかった。月曜に仕込んだカレーは、木曜くらいが一番美味しかったけど、なくなっちゃっていることも良くあったな。

こんな体調なら速攻で「おはよ、コーヒー下さい」って行きたいところだけど、おばちゃんも隠居し随分前に閉店してしまっている。
ああ、残念。
お陰で会社さぼらずバスに乗ることができたけど。

降車口に一番近く、扉とは反対側の座席に座る。
乗客は私の後輩にあたる学生が大半と他校の女子高生そして社会人が数名。
鞄の中にある読みかけの本を開いてみたが、頭がクルクルして全く読むことができないので、ぼんやりと窓越しの景色に目を移す。
バスが動き出すと少しばかり開いた窓から吹き込む風が首筋付近にあたり気持ちがいい。

学生たちはクラスも学年も違うのだろう皆しゃべることなく車中は静かなものだ。
五月蝿くされるとただでさえ二日酔いで痛い頭が余計痛くなるので、吹き込む風と言い、丁度良い塩梅だ。

次のバス停で女子高生が降りた。
再び、高校時代を思い出す・・・。

そうだ、野田だ。天然パーマで無口で色黒な男。
僕よりもずっと前のバス停から乗ってくる彼はいつも最後部の長いすの座席の真ん中に大股開きで、機嫌悪そうな仏帳面で座っていたものだ。

ある日、野田が乗っていない時、さっき降りた女子高の生徒達が「今日は九十九(つくも)乗ってないじゃん」九十九いないよ、等と話しているのが聞こえてきた。
隣にいた友達が爆笑したので、九十九って何?って聞いたら、ひょうきん族にでてる「九十九一」だよ、って教えてもらった。後で確認してみたら似てた。そっくりで笑った。

毎日乗るバスの中で、知らないもの同士が名前も知らずに顔見知りになって、名前を知らないから勝手にあだ名つける。ある、ある。
あいつは格好良かったけど、カッコつけすぎでバスの中で僕らともあまり話ししなかったからいけない。だから、女子高生も油断してそんな会話をしたんだ。
もしかして自分もあだ名つけられていたのでは?と思い、だったらどんなあだ名なんだろうって考えたけど、全く見当つかない。
あだ名なんてそんなもんか。いい加減につけられて、そして、それが本名より馴染んでしまうもの。

程なく、バスは保土ヶ谷駅のロータリーに到着し、更に数人の社会人・学生を乗せる。

<つづく>

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