通勤⇔通学 その3
右折したバスは東海道五十三次「保土ヶ谷宿」の本陣跡など少しばかり時代を感じさせる景観を追加し、暫くJR東海道線と平行に走行する。
丁度、銀色をベースに橙と緑の東海道線が走っている。
昔は橙と緑のツートンだった。その方が断然カッコイイと思う。
母校の隣には養護学校があり、いつも何人か養護学校に通う生徒が一緒に乗っていた。
僕らは彼らのことを「養護」って呼んでて、個々の生徒の名前は分からないから(女子高生が野田を九十九って読んでた様に)、よく会う男子生徒のことを、泉という中学時代の友人によく似ていたので、「いずみ」って呼んでた。
養護の生徒は純粋で無垢なところが好きだった。
例えば恋愛について。
もちろん彼ら彼女らの中でも恋愛関係はあって、男同士は下手な駆け引きなんか出来ないから、「俺の女だ~」って(彼女でもないのに)殴り合いの喧嘩を簡単に始めてしまったりする。
純粋だから手加減もできない喧嘩。
「いずみ」はその殴られてしまった方で、見た目気が弱そうで、体格もなかった、けれどもカワイイ男の子(何歳とか分からないけど中学生くらい)。
僕は、彼とバスで会うと「おはよう」って挨拶したりした。彼は機嫌が良いと「おはようございます」って返してくれた。
しかし、一旦興奮しだすと何故か他の学生の制服から飛び出しているベルトの末端部分を中腰になって食べようとしたりする。
初めはびっくりしたけど、そのうち、そういう時は、やめようね、って止めたり。
その「いずみ」が気分よく興奮したのは、ツートンの東海道線が横切った時だった。
もう余程嬉しいらしく「トウカイドウセン、ダイダイとミドリ。トウカイドウセン、ダイダイとミドリ」って電車が通り過ぎてもずっと連呼し続けていた。
ダイダイとミドリ、って聞いた日は何故か自分も気分がよかったような気がする。気候とか関係あったんだろうか。
高速道路のランプを過ぎる。何十年もかけて行われていた道路拡張工事がやっと具体化されてきている。全く根気のいる事業だ。
バスはその先の丁度工事の切れ目辺りに設置されたバス停で停車し、何人かが降り始めた。
時間を確認するため頭を下げる。大丈夫、遅刻はなしだ。
下を向くと二日酔いが辛い。
そういえば、バスに酔った友人が、(気持ち悪いので)登校せずに反対のバスに乗って帰宅したことがあったけど、それは可笑しい話だ。苦渋の選択のようで実は違うと思うのだが。
頭を上げると、目の前に誰かの腕が見える。
おや?
横に眼を移すと、養護の生徒の指がバスの停車ボタンに触れている。
顔を見ると嬉しそうに何かタイミングを計っている。
いよいよ次が自分が降りるバス停なので、バスを停車させる準備をしているのだ。
客を降ろしバスがゆっくりと動き出した瞬間、ボタンはすぐさま押され車内にブザー音が鳴った。
彼は満足げだ。しかし、自分がバスを停めるということに対して満足しているのか、単純にボタンを押せたことに満足しているのか。
当時も、いつも養護の生徒がボタンを押すのが恒例だった。彼らが押した(押してくれていた)ので、僕を含めて母校の生徒は誰もボタンを押すことはなかった。
(養護の生徒が乗っていない時)誰も停車ボタン押さないから、いつものバス停追加し、次のバス停で降りたことがあった。
もし、その場に今の僕が乗っていれば、「誰かがやってくれる」っていう感じの生徒が多いな、と思うだろう。
強引に言うなら、それが校風であると。そして、当時の僕もそんな感じの生徒だったんだ。
きっと彼らも次のバス停まで行っちゃったことあるだろうな。急に後輩たちに質問してみたい衝動に駆られる。もちろん、しない。できない。
養護学校と母校の生徒が(無事に)降車し、車内は一気に閑散としている。
次は僕が降りるバス停だ。
自分で停車ボタンを押さなくちゃ。
無機質な女性の電子アナウンス。
「次、停まります。」
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)

